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1章

今から、いろんなことが見れるのに・・・

たっちゃんが生まれて約一ヶ月。
「ハロウィン」の朝。
この子の体も血液疾患以外、ほぼ感知しました。

産後すぐ、大病院に転送されたため
出産をした産科の先生のところに、退院の報告に行ったときのこと。

先生の第一声


「おめでとう。21トリソミー?(21番目の染色体異常)
よかったね〜♪」


「えっ?」

そういえば、この子が生まれてから「おめでとう」って、言われたかな。
言われたかもしれないけど、こんなに笑いながら言われたのは初めて・・・。

「よかったって?障害があってよかったの??
そう、心臓とかは完治したけど、障害があるんだよ・・・」

あの時は、そんなふうに私の壁にドスンと突っ込まれたような不思議な感じがしたけれど
今は先生の気持ちがうれしいほどわかる。


大病院では看護婦さんに「もっとお母さん泣いていいのよ」なんて
言われたけれど、それも私への優しさなんだって理解できるけれど、
この子の前で泣いたら、否定するようで悲しかった。

何よりも、先生のこのことばが、私にガッツをくれた気がする

先生、ほんとうにありがとう〜

おめでとう。よかったね!

出産後すぐ、母親の直感だろうか・・・この子が、ダウン症だとすぐに気付いた私。

でも、喜んでいる両親や主人には話せずに、もんもんと「そうかも・・・違うかも」とひとりくすぶっていた5日目の午後。

前日どうも1人だけ主人が先生に呼び出された気がして、先生からは私の体調のため奥さんには言うなと釘を刺されていた主人を問いただし、
頭をコクリとされたとたん、はりつめた希望の糸が切れたように、駅で泣き崩れた。

その後、母と待ち合わせていたので、真っ赤な目をした私を見て、母は何か言うかな・・・・と思っていたのに
家に帰るまで、何も聞いてこなかった。
母はきっと何かあるとは思っていて、待っててくれたんだと思う。

「ダウン症だったの」
といったときも、母は、顔色一つ変えず冷静に、話を聞いて
「がんばりなさい」
と、ひと言いってくれた。


そのときは産後すぐで、病院では、この子のの命がいつまでもつか、そんな覚悟もしてくださいとも言われていた。
話が終わって、雨戸を締め出した母が、


「もし、短命ならかわいそうに。今からいろんなことが見れるのに」

と、突然ポロポロっと涙を流した。


あんなに涙なんか流さない母なのに。

恥ずかしくなった。私が母親なのに!
この子の心配もしながらも、上の息子や回りの環境の心配をしてしまっている私がとってもとっても
恥ずかしかった。情けなかった。。。


強くならなきゃと、そのとき思った。
泣いてばかりでは、悔いだけ残って、何もうまれない、何も進まないと。

                
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